「いわきに本社がある上場企業といえば?」と聞かれて、すぐに名前が浮かぶでしょうか。多くの人は、婦人服のハニーズを思い浮かべるかもしれません。そして、二社目がなかなか出てこないはずです。

それは記憶違いではありません。この記事を書いている2026年10月時点で、いわき市に本社を置く上場企業はハニーズホールディングスの1社です。かつて上場していた常磐興産(スパリゾートハワイアンズの運営会社)は2025年2月に、常磐開発は2021年5月に、いずれも株式の公開買付けなどを経て上場を廃止しました。

ところが、ものづくりの規模で見ると、いわき市は福島県で一番の工業都市です。上場企業がほとんどないのに、なぜでしょうか。統計と歴史から、その成り立ちをたどってみます。

製造品の出荷額は、県内で一番大きい

工場が1年間に出荷した製品の金額などを合計したものを「製造品出荷額等」といいます。地域のものづくりの規模を比べるときによく使われる数字です。

福島県の集計によると、2023年1〜12月のいわき市の製造品出荷額等は約1兆730億円でした。県全体の19.0%を占め、県内の市町村で1位です。2位の郡山市(約7,069億円)を大きく上回っています。市も、自らを「東北地方で仙台市と首位を争う、東日本有数の工業都市」と説明しています。

中身を業種別に見ると、上位は次のとおりです。

業種 出荷額 割合 事業所数
化学 約2,587億円 24.1% 37
情報通信機械 約1,669億円 15.5% 5
紙・パルプ 約1,034億円 9.6% 20
金属製品 約823億円 7.7% 73
非鉄金属 約559億円 5.2% 9
輸送機械 約551億円 5.1% 13

化学、情報通信機械、紙・パルプの3業種で、全体のおよそ半分を占めます。目を引くのは情報通信機械です。事業所はわずか5か所なのに、出荷額は全体の15%を超えています。少数の大きな工場が、大きな金額を生み出していることがうかがえます。

大きな工場が、出荷額の9割を生んでいる

事業所の規模で分けると、その傾向がはっきりします。

いわき市の製造業:大きな事業所が出荷額の9割を占める
事業所の規模別に見た、いわき市の製造業の事業所数と製造品出荷額等
項目従業者30人以上従業者4〜29人
事業所の数32.5%(178か所)67.5%(370か所)
製造品出荷額等91.3%(約9,793億円)8.7%(約938億円)

出典:福島県「令和5年福島県の工業」(2024年経済構造実態調査 製造業事業所調査 福島県版)から作成。従業者4人以上の事業所。事業所数は2024年6月1日時点、出荷額は2023年1〜12月。

従業者が30人以上の事業所は178か所で、数では全体の約3割です。ところが、出荷額では91.3%を占めています。従業者4〜29人の370か所は、数では約7割なのに、出荷額では1割に届きません。このうち従業者300人以上の事業所は8か所です。

もちろん、小さな事業所が重要でないという意味ではありません。地域の仕事や雇用、大きな工場を支える取引の多くは、こうした事業所が担っています。ただ、いわきの「県内一の出荷額」という顔は、主に大きな工場によってつくられている、ということです。

いわき市の製造業では、約2万4千人が働いています(従業者4人以上の事業所、2024年6月1日時点)。筆者自身、子どもの学校の集まりなどで知り合う保護者に、製造業で働く人が多いと感じてきました。統計の数字は、生活の中の実感とも重なっています。

工場は、三つの波でやって来た

では、大きな工場はいつ、どのようにいわきに集まったのでしょうか。たどってみると、いくつかの時代に分かれます。

一つ目の波は、戦前の化学工業です。 1935年、昭和人絹(現在のクレハ)の錦工場が操業を始めました。1939年には、現在の日本化成につながる小名浜工場も操業しています。いわきの化学工業は、90年近い歴史を持っています。

二つ目の波は、炭鉱のまちからの転換です。 いわきは明治以来、常磐炭田の石炭で栄えてきました。しかし、昭和30年代からエネルギーの中心が石油に移り、炭鉱は閉山へ向かいます。その中で、1962年の産炭地域振興臨時措置法、1964年の新産業都市「常磐・郡山地区」の指定を受け、工業団地の整備と工場の誘致が進みました。1966年には14市町村が合併して、今のいわき市が誕生しています。小名浜臨海工業団地(1973年)や、いわき好間中核工業団地(1985年)もこの流れの中で造られました。製造品出荷額等は1995年に東北1位となり、翌1996年には1兆円を超えています。

三つ目の波は、東日本大震災の後です。 国は2011年度の第3次補正予算で約2,000億円の企業立地補助金を用意し、県や市も工場の新設・増設への支援を設けました。一つ目の波で触れたクレハも、「ふくしま産業復興企業立地支援事業」の指定企業として、いわき事業所での設備投資の計画が国の広報誌で紹介されています。内陸のいわき四倉中核工業団地では、第2期の区画の分譲も行われました。

いわきの工業は、震災復興で急に生まれたものではありません。戦前からの化学工業を土台に、炭鉱の閉山という大きな転換を経て積み重なり、震災後の支援がその上に重なっています。

筆者の見方:「本社のない工業都市」

ここからは統計そのものではなく、筆者の見方です。

上場企業が1社しかないのに、出荷額の9割を大きな工場が生んでいる。この二つを合わせると、いわきの大きな工場の多くは、本社を市外に置く企業のものだと考えられます。クレハの本社も、東京の日本橋浜町にあります。いわきは、いわば「本社のない工業都市」です。

この構造には、いくつかの面があります。大きな工場は、まとまった雇用と安定した仕事を地域にもたらします。高い技術を持つ現場が身近にあることも、地域の企業にとって財産です。一方で、工場への投資や生産の配置を決めるのは、多くの場合、地域の外にある本社です。地域の産業の動きを知るには、市内のニュースだけでなく、そうした企業全体の計画にも目を向ける必要があります。

どちらが良い悪いという話ではありません。自分たちの地域がこうした成り立ちをしていると知っておくことが、自社の立ち位置を考える手がかりになります。

自社は、この構造のどこにつながっているか

地域の産業の成り立ちが見えてきたら、自社に引き寄せて考えてみます。紙に次の三つを書き出してみてください。

  1. 売上の大きい取引先を5社:直近1年の売上が大きい順に、取引先の名前を書きます。
  2. それぞれの業種と本社の場所:取引先が何をつくり、どこに本社があるかを書き添えます。分からなければ、会社のWebサイトで確かめられます。
  3. 地域の大きな工場とのつながり:直接の取引だけでなく、取引先の先に、いわきの大きな工場があるかどうかも考えてみます。

書き出してみると、自社の仕事が地域のどの産業とつながっているかが見えてきます。製造業でなくても、飲食、建設、運輸、サービスなど、多くの仕事が工場で働く人や工場そのものとつながっているはずです。

参考資料

資料確認日:2026年10月30日。出荷額は2023年1〜12月、事業所数・従業者数は2024年6月1日時点の、従業者4人以上の事業所の数値です。上場企業の数は、筆者が上場企業の公開データベースと各社の開示で確認した範囲です。「本社のない工業都市」は筆者の見方です。